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 「やきものワールド」が開催されました。2006年から続く名古屋を代表する文化観光イベントで、年々規模を拡大し、昨年からポートメッセなごに会場を移しました。瀬戸焼、美濃焼、九谷焼、有田焼など全国各地の窯元が一堂に集結する日本最大級の陶磁器フェアで、その内容も年々パワーアップされています。

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 会場には100を超える窯元の展示ブースがずらりと並び、それぞれのブースでは自慢の作品の展示販売が行われていました。

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<窯元ブース>

 窯元のブースの他、東海地区を拠点に活躍する若手陶芸家の作品を紹介する展示コーナーも作られていました。個性的な美術作品が展示され、人気を集めていました。

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<東海地方の若手作家たちの作品展>

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<若手作家のユニークな作品>

 特別企画展として、陶磁器美術館と知られている横山美術館(名古屋市東区)が「千年の都が彩るやきもの美 京焼」というテーマで、明治大正時代の輸出陶器を中心とした京焼の展示を行なっていました。

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<横山美術館の特別展>

 著名人が参加したコーナーもありました。名古屋のローカルタレントで書道家でもある矢野きよ実さんと女優秋野暢子さんとがコラボで出品したブースで、「書と陶のコラボレーション」というテーマで、書を描いた陶器を展示していました。

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<書と陶のコラボレーション>

 会場では陶磁器の展示だけにとどまらず、「全国匠の職人展」として木工細工や輪島塗りなど各地の伝統工芸品や、職人技が光る作品などの展示販売も行われていました。

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<木工細工>

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<輪島塗り>

 この展示会では見学者が楽しめるように、スイーツや名産品などのうまいもん展や 銘酒のコーナー、ステージショーなども行われ、デパートの催事場のような賑わいでした。

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<ステージショー>
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<銘酒コーナー>


# by haru_tsuji | 2026-03-15 06:00 | 港区・中川区 | Comments(0)

 今回は戦国武将 柴田勝家の生誕地 明徳寺(みょうとくじ)です。地下鉄上社駅から1kmほど南の住宅街の中にあり、小高い丘の上に建つ真言宗高田派のお寺です。

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 階段を上っていくと山門があり、山門前左側に「柴田勝家出生地」という石碑と標札が建っており、右側には「下社城址」の石碑が建っています。

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<柴田勝家出生地碑>

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<下社城址碑>

 柴田勝家は若い頃信長の父織田信秀の家臣として仕え、尾張国愛知郡下社村の領主として下社城に居城していました。

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<柴田勝家(山口馬木也):豊臣兄弟!より>

 織田信秀が亡くなった後、織田家は後継を巡り、信長派と弟の信勝(信行ともいう)派が激しく対立しました。柴田勝家は信長の重臣として良く知られていますが、当時は信勝派で、清須にいた信長と戦ったこともあります。(1556年 稲生の戦い)

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<稲生原古戦場跡の標札:西区名塚町>

 この戦いで信勝派は敗れましたが、信長の母土田御前のとりなしで赦免され、以後信長に仕えるようになりました。その後信長の天下取りに力を尽くし、信長から越前(福井県)の統治を任されました。勝家は北ノ庄城(福井市)に移り、下社城は廃城となりました。

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<明徳寺本堂>

 明徳寺は明徳2年(1392)創建の古いお寺ですが、江戸時代の1662年に現在の場所に移転されたと伝えられています。また本堂は幕末の1860年頃建立されました。

# by haru_tsuji | 2026-03-10 06:00 | 千種区・名東区・守山区 | Comments(0)

 大府の二ツ池公園でさくらまつりが始まりました。この公園の桜は河津桜で、一般的なソメイヨシノに比べ1ヶ月ほど早咲きで、開花期間も約1ヶ月と長めです。

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 花の色はソメイヨシノより濃いピンク色で、花びらもやや大輪です。河津桜は早咲きの寒緋桜と大輪の花が特徴の大島桜の自然交雑種で、濃いピンク色の花びらは寒緋桜の特徴を受け継いでいます。

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 この祭りではキッチンカーなどが出店しています。河津桜は池周辺に整備された散策路沿いに植えられていて、食べ歩きを楽しみながら桜見物することもできます。

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<キッチンカーなどの出店>

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<二ツ池公園案内図>

 このさくらまつりでは夜間のライトアップも行われています。ライトアップ時間は毎日20:00までで、最終日の3月15日は17:00までです。

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<木の根元にライトが設置されています。>

 3月7日、8日、14日、15日の土日には、ステージパフォーマンスも行われます。まつり開催中は公園内のグラウンドが臨時駐車場として開放されています。

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<ステージパフォーマンス>

# by haru_tsuji | 2026-03-05 06:00 | 東海・大府・豊明・東郷・日進 | Comments(0)

ゴッホ展/愛知県美術館

 愛知県美術館で「ゴッホ展」が開かれています。フィンセント・ファン・ゴッホは1853年オランダ生まれで、37歳という若さで亡くなるまで約2000点の絵を描きましたが、生きている間はあまり知られていなかったそうです。フィンセントが亡くなった後、その作品を守り、世界中に彼の作品を広めたのが彼の家族たちでした。今回の展示会は、そういった家族にも焦点を当てていて、「家族がつないだ画家の夢」というサブタイトルが付けられています。

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<チケット売り場も大行列>

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<ゴッホ展のPR展示(NHK名古屋放送局)>

 弟のテオは画商で、フィンセントが生きている間、精神的な病を患ったフィンセントをお金と気持ちの面で支えました。またテオの妻ヨーは、夫の死後フィンセントとテオな間の書簡集をまとめ、フィンセント回顧展を開催して、知名度向上に貢献しました。

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<フィンセント・ファン・ゴッホの家族>

 またテオとヨーの息子 フィンセント・ウィレムは、叔父の作品を残していくため「フィンセント・ファン・ゴッホ財団」を作り、ファン・ゴッホ美術館(オランダ アムステルダム)開館に尽力しました。こうした家族の活動についても、展示会では映像で紹介していました。

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<フィンセント・ファン・ゴッホの生涯>

 展示会場では彼の作品を年代順に展示するとともに、彼の生涯をたどりながら、作風の変化などが紹介されていました。彼の画家としてのキャリアは27歳の時で、オランダから始まりました。この当時は貧しい農民や労働者を描いたものが多く 絵の色調も暗いものが多かったようです。

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<フィンセント オランダ時代の作品>

 1886年パリに移り住みます。印象派や新印象派の画家と行動 交流を持つようになり その影響で明るい色調の絵を書くようになりました。

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<パリ時代の作品>

 1888年南フランスのアルルに移り住み、ゴーギャンと共同生活を始めました。南フランスの 眩い光と色彩を体感し、鮮やかな色使いや力強い筆使いの作風となりました。

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<アルル時代の作品>

 1889年心の病のため、アルルの東にあるサンレミ の療養院に入院しました。入院生活は1年間に及びましたが、ここでも絵を描き続けました。1890年5月 パリ郊外のオーベルシェルオワーズへ移りますが、 7月心の病により銃で自殺してしまいました。

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<サン=レミ時代の作品>

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<オヴェール=シュル=オワーズ時代の作品>

 今回の展示会では、絵画の紹介だけでなく、彼が書いた手紙なども展示されていました。また来場者がゴッホの作品を体感できるイマーシブ(没入)コーナー(14mのスクリーンにゴッホ作品を題材にした映像が上映されるコーナー)が作られていました。なお館内ではイマーシブコーナーのみ撮影可でした。

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<イマーシブ・コーナー>

 またゴッホ作品のアルゴグラフ(絵具の厚さなども再現した立体複製画)の販売コーナーや、ゴッホ関連のグッズ販売コーナーなども設置されていました。

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<関連グッズ販売コーナー>

 ゴッホ展は3月23日まで開催されています。

# by haru_tsuji | 2026-02-25 06:00 | 中区・中村区・北区・東区・西区 | Comments(0)

 ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケートペアでりくりゅうペアが金メダルを獲得しました。おめでとうございます。ショートプログラムで5位と出遅れたものの、フリーでは歴代最高得点となる153.13点という会心の演技での逆転優勝でした。テレビ各局も連日この話題で持ちきりですが、意外にもこの金メダルは、フィギュアスケート王国の愛知にとって、初のオリンピック金メダルなのだそうです。

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<金メダルのりくりゅうペア>

 愛知出身のフィギュアフィギュアスケーターといえば、伊藤みどり 浅田真央 宇野昌磨などの名選手が日本のフィギュアスケート界を牽引し、世界選手権などでも活躍しましたが、いずれも オリンピックでは銀メダルに留まりました。

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<りくりゅうのリフト>

 木原龍一選手は東海市出身、三浦璃来選手は中京大学スポーツ科学部の令和6年卒業です。木原選手も同じく中京大学スポーツ学部の平成26年度卒業なので、二人は同じ大学の先輩後輩になります。
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<中京大学豐田キャンパス>

 木原選手は名古屋出身の須崎海羽選手とペアを組んだ時期もあり、オリンピックや世界選手権などでも活躍しましたが、2019年4月木原選手の怪我などによりペアを解消しました。失意のうちに港区の邦和スポーツランドでアルバイト生活をしていましたが、たまたま参加したトライアウトで、新たなペアの相手を探していた三浦選手と一緒にすべる機会があり、相性の良さから2019年8月ペア結成が決定したそうです。

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<邦和スポーツランド>

 その後も木原選手の腰椎分離症や三浦選手の左肩脱臼などトラブルもありましたが、2025年 IG アリーナで行われたグランプリファイナルでも優勝。そして今回の快挙へとつながりました。

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<グランプリファイナルのポスター>

 この金メダルは、次に行われる女子フィギュアなどチーム日本にも良い影響を与えているようです。今までペアはマイナーな競技という印象でしたが、スロージャンプやリフトなど、シングルには無いスピードやパワーが要求される面白い競技だと感じました。今後もりくりゅうを応援したいと思います。

# by haru_tsuji | 2026-02-20 06:00 | その他 | Comments(0)