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国宝にも指定されていた猿面茶席/名古屋城

 名古屋城の御深井丸にある茶席が名古屋城春祭りに合わせて5月1日~5日に特別公開されました。普段は非公開の施設ですが、広さは2,000㎡あり、美しい苔の庭園にいくつかのレトロな茅葺の茶席が建っています。あまり知られていませんが、茶席のひとつが「猿面茶席」と言い、かつては国宝にも指定されていた歴史的な茶席です。

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<猿面茶席>

 猿面茶席はもともと清洲城にありました。床柱には二つ並んだ節目があり、この節目が猿の顔に見えることから、織田信長がまるで秀吉の顔のようだと言って戯れたという逸話が残っています。江戸時代になり、名古屋城を築城した際、清洲城の古材を使い、大名で茶人の古田織部の指揮により名古屋城に移築されました。本丸御殿建設を機に二の丸に移され、接待の場としてお茶会に利用されました。

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<茶席は天守閣の北側>

 明治維新後二の丸に陸軍の司令部が作られることになり、茶席の存続が危ぶまれましたが、元尾張藩士刑部陶痴(本名:玄)に払い下げられることになり、その後鶴舞公園に移築され、1937年国宝に指定されました。

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<猿面茶席の床の間>

 残念ながら第二次世界大戦の戦災で焼失してしまいましたが、1949年一宮の大地主で、名古屋の茶道を主導した森川如春庵(本名:勘一郎)の尽力により再建されました。再建は如春庵のデザインによりアレンジされている部分もあるため、現在の猿面茶席は焼失直前の姿と相違はありますが、再建は古図を基づいて行われており、昔のたたずまいを今に伝えている貴重な文化遺産です。

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<茶席見取図:猿面茶席は左端(赤矢印)>

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<書院玄関>

 森川如春庵は猿面茶席の再建と同時に、書院や京都の金戒光明寺西翁院を模した「望嶽茶席」を造り、書院と廊下でつなぎました。また書院南には稲沢市祖父江の山内邸にあった「又隠茶席」(ゆういんちゃせき)が移築されました。

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<又隠茶席>

 猿面茶席復興に遅れること6年、1955年古田織部を顕彰するため、書院の西側に「織部堂」という茶席も造られました。

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<織部堂>

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by haru_tsuji | 2026-05-10 06:00 | 中区・中村区・北区・東区・西区 | Comments(0)