2026年 03月 30日
ブラタモリでも紹介 信長坂/桜花学園大学
今回紹介するのは豊明市にある桜花学園大学・名古屋短期大学のキャンパス内にある「信長坂」です。この大学は豊明市と名古屋市緑区との境界付近にあり、丘陵部の西側斜面にキャンパスが建っています。信長坂はキャンパスの南端にあり「しんちょうざか」と呼ばれています。
ここから見渡すと、南西側には桶狭間古戦場公園周辺がゴルフ練習場越しに見えます。
この坂は桶狭間の戦いの際、織田信長軍が進軍したと伝えられている坂で、先日放映されたNHKブラタモリでも紹介されました。この坂は桶狭間古戦場にある歴史スポットの中では紹介される機会が少ないと思いますが、ブラタモリで案内役を務めた小和田哲夫さんは、静岡大学の名誉教授で戦国研究の第一人者なので、信長がこの坂を進軍したという話は、かなり信ぴょう性が高いのではないかと思います。
また信長坂の近くには、釜ヶ谷という歴史看板も建てられていて、中島砦から進軍してきた信長軍がこの谷に潜み、突撃の機会をうかがっていたと紹介されています。
坂を上っていくと、見晴らしの良い場所が現れます。信長軍はここから「おけはざま山」に本陣を置いた今川軍に襲い掛かったとされますが、ブラタモリでは何故かこの場所で放送が終わっています。桶狭間古戦場の場所については様々な説があり、おそらくブラタモリではいろいろな説に配慮して、ここからどう進軍したかは視聴者の想像にゆだねたのではないでしょうか?
ここから見渡すと、南西側には桶狭間古戦場公園周辺がゴルフ練習場越しに見えます。
また反対側の北東方向には、豊明にある桶狭間古戦場伝説地横にある高徳院の納骨塔も大学のグランド越しに見ることができます。
現在桶狭間古戦場公園の近くに今川義元本陣跡碑(おけはざま山)という石碑がたてられていますが、最近江戸時代に書かれた古文書が発見され、今川義元の本陣が石塚山と呼ばれていた場所(現在は豊明のホシザキ㈱本社付近)にあったと書かれていて論争が続いているそうです。いずれにしても今川軍は約25、000人という大群だったので、戦いはこのあたり一帯で行われたであろうことは容易に想像できます。
このように信長坂は、重要な歴史スポットという事で、大学の私有地ですが一般公開しています。公開時間は、月~土の9:00〜17:00ですが、3月22日〜5月6日までは期間限定で日曜・祝日も見学可とのことです。予約や大学の許可は必要ありません。また名古屋側から行く場合、市バス地蔵池が最寄りのバス停で、そこから東へ徒歩10分程です。
by haru_tsuji
| 2026-03-30 06:00
| 東海・大府・豊明・東郷・日進
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