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鈴木敏夫と ジブリ展 (後編)/モリコロパーク体育館

 今回は、愛・地球博記念公園で開催されている「鈴木敏夫とジブリ展」の後編です。前回はスタジオジブリの誕生までについて紹介しましたが、今回はその後についてです。

 スタジオジブリは誕生の後、「天空の城ラピュタ」や「となりのトトロ」「火垂るの墓」などの名作を発表しましたが、興行的には振るわず、スタジオジブリの経営は火の車でした。経営的には次の「魔女の宅急便」がジブリ最後の作品となる可能性がありましたが、実質的なプロデューサーだった鈴木敏夫は日本テレビの大々的な バックアップを取り付けることに成功。魔女の宅急便は、スタジオジブリ初のヒット作品となりました。

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<となりのととろのセット>

 鈴木敏夫は1989年10月にスタジオジブリに完全移籍し、以後 映画プロデューサーとして活躍しました。おもひでぽろぽろ、紅の豚、平成狸合戦ぽんぽこなどをプロデュースし、ヒットさせましたが、中でも大ヒットとなったのが、1997年のもののけ姫で当時の興行収入記録を更新しました。更に2001年発表の千と千尋の神隠しは興行収入316億円。日本歴代興行収入第1位を記録し、ベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞するなど、記録的な大ヒット作となりました。

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<千と千尋の神隠し:油屋と不思議の町>

 スタジオジブリは一時徳間書店の社内カンパニーとなった時期もありましたが、2005年徳間書店から再独立し、鈴木敏夫は代表取締役社長に就任しました。なお鈴木流の仕事のやり方は「分業はしないで1人で最後までやりきる。」で、スタジオジブリではそれが実践されているそうです。現在はスタジオジブリの代表取締役議長で、TOKYO FMの「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」というラジオ番組のMCなども勤めています。

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<鈴木敏夫のジブリ汗まみれ>

 この展示会では、ジブリのグッズショップも別に設けられていますが、ショップ内には口からおみくじが飛び出す湯婆婆、銭婆人形も飾られていました。

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<湯婆婆おみくじ>


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by haru_tsuji | 2025-07-25 06:00 | 愛知県内(その他) | Comments(0)