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鈴木敏夫とジブリ展(前編)/モリコロパーク体育館

 スタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫の人となりとスタジオジブリの歴史を紹介する展示会「鈴木敏夫とジブリ展」が愛・地球博記念公園体育館で始まりました。全国10箇所を巡回したこの展示会、愛知での開催がフィナーレとなります。(開催期間:7月12日〜9月25日)

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<愛・地球博記念公園 体育館>

 スタジオジブリといえば宮崎駿や高畑勲がまず思い浮かぶと思いますが、鈴木は名プロデューサーとして彼らを支え、ジブリの名作を数多く世に出してきた人物です。名古屋生まれで大曽根あたりに住んでいたそうです。1984年8月19日生まれで、展示会では、小学生時代を過ごした鈴木の部屋が再現されていていました。また子供の頃から観て読んて聴いた作品が大量に展示されていました。

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<鈴木敏夫の本棚:8800冊を一挙公開>

 鈴木は東海中学・高校を経て慶應義塾大学に進学しました。大学時代には当時盛んだった大学運動にも参加していたようです。彼の運命が決まったのは1972年 徳間書店に就職したことでしょう。徳間書店はエンターテインメント分野が中心の出版社で、鈴木は児童少年向け雑誌の部門に配属となりました。

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<ドラゴンズファンとしても知られる鈴木敏夫>

 当時宇宙戦艦ヤマトのヒットでアニメブームが巻き起こり、1978年徳間書店からアニメ雑誌「アニメージュ」が刊行されました。アニメージュの編集方針の1つがクリエイターの発掘で、1981年には まだ一部でしか知られていなかった宮崎駿の特集を組み、1982年からは「風の谷のナウシカ」の連載を始めました。この作品は劇場版アニメも公開され、91万人を動員する 大ヒットとなりました。

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<鈴木敏夫の脳内世界>

 ナウシカのヒットを受け徳間書店の出資により設立したのが「株式会社スタジオジブリ」で鈴木敏夫も 設立に参加しました。スタジオジブリでは「天空の城ラピュタ」の製作を行いました。鈴木敏夫は徳間書店に在籍し、ジブリ担当として、昼はジブリ夕方以降は 徳間書店の編集長として活動しました。


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by haru_tsuji | 2025-07-20 06:00 | 愛知県内(その他) | Comments(0)