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横山美術館

 今回紹介する横山美術館は東区にある陶磁器の美術館です。明治から昭和にかけ東区一帯は輸出陶磁器の絵付け工場や貿易業者が軒を連ねていて、日本最大の輸出陶器の集積地でした。

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<横山美術館:中央の白い建物>

 当時明治新政府は殖産興業と輸出振興を推し進めていて、特に陶磁器に代表される工芸品は、海外万博に出品されました。当時の博覧会は産業奨励のため、コンペが行われ、賞が与えられていて、日本の陶磁器は数多く受賞するなど高い評価を得ていたことから 日本にとって重要な輸出品でした。

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<ウイーン万博出品の有田焼大花瓶>

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<ウィーン万博の写真、有田焼の大花瓶と名古屋城の金シャチが映っています。>

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<万博への陶磁器出品リスト:多くの陶磁器が出品されていたことが分かります。>

 横山美術館は実業家 横山博一が収集した明治・大正期に作られ輸出された名古屋絵付けの里帰り品など約4000点あまりを所蔵していて、2017年に開館した美術館です。美術館は5階建てで、1階から3階が常設展、4階が企画展スペースになっていて、5階は多目的ホールなどがあります。

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<横山博一が最初に収集した陶器(オールドノリタケ)>

 1階と2階は横山博一が収集した全国の陶芸品が窯元別に展示されています。当時はそれぞれの窯元が優れた陶磁器を創作し、競うように万博などに出品していました。いくつかを紹介すると、江戸から続く有田焼きの香蘭社を経営する深川栄左衛門の次男深川忠次が1894年創業したのが深川製磁で、パリ万博で金賞を受賞しました。

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<深川製磁>

 真葛焼き(まくずやき)は明治4年 初代宮川香山が横浜で創業した陶磁器で、京焼きの流れを汲み、独自に開発した釉薬で装飾性に富んだ作品を数多く残しました。ウィーン万博以降各博覧会に出品し、数々の受賞を受けました。

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<右が宮川香山の真葛焼、左は帯山与兵衛の京薩摩>

 3階はオールドノリタケのコーナーです。オールドノリタケは1904年 森村市左衛門が創業した日本陶器合名会社(現ノリタケ㈱ )が明治期から戦前まで輸出した陶磁器で、繊細で芸術的な絵付けが特徴です。日本陶器合名会社設立以前は「森村組」という社名で、製品も日本風のデザインでしたが、1893年のシカゴ万博を契機に洋風デザインに切り替えました。そして名古屋・東京・京都に分れていた絵付け職人を名古屋東区主税町に集結させました。日本陶器合名会社設立後は本社を西区則武に移し、ブランド名も「ノリタケ」となりました。

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<オールドノリタケ>

 この階では様々な技法で作られたオールドノリタケが数多く展示されています。

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<ポートレート>

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<ビーディング(盛り上げ技法)>

 4階では4月13日まで「近代・現代 陶磁の技工絶美」という企画展が開催されています。 名古屋には多くの輸出陶器の絵付け工場があったことは先に述べた通りですが、1909年には日本陶器合名会社内に従業員教育のため「技芸科」が設置されました。次第にこれが「絵画彫刻に関する技術と教養の育成」へと進化し、技芸生による作品展が毎年開かれるようになりました。その中から一ノ木慶次のような 中部画壇でも活躍する職工が現れました。この企画展はそのような現代まで続く絵画・彫刻技術が一堂に観覧できる展示となっています。

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<一ノ木慶次の作品>


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by haru_tsuji | 2025-02-20 06:20 | 中区・中村区・北区・東区・西区 | Comments(0)