2024年 01月 25日
岐阜県庁発祥の地/笠松
関ケ原の戦いの後、徳川幕府は美濃地方に有力な大名が出現しないように多数の小藩に分割し、美濃国の約3割を占める幕府直轄地を置きました。幕府直轄地は笠松付近にあり、美濃郡代が政務を行う陣屋が置かれました。郡代は幕府直轄地の代官のことで、郡代が置かれたのは全国で4か所だけです。木曽川沿いにある笠松は、船運の中継地で、美濃・飛騨だけでなく全国の物資の集積地として賑わいました。また美濃と名古屋を結ぶ交通の要衝でもありました。笠松陣屋では裁判や年貢の徴収などを行う「地方役所」と木曽川の治水工事の監督を行う「堤防役所」の二つの役割がありました。
明治になり、政府の命令で美濃国の旧幕府直轄領は笠松県となり、県庁が笠松陣屋に置かれました。明治4年廃藩置県が行われ、誕生した近隣の小県と笠松県が合併して岐阜県が誕生しました。県知事に長谷部恕連(はせべじょれん)が任命され、笠松県庁は岐阜県庁となりました。
明治6年手狭になったため、岐阜県庁を笠松から今泉村(現在の岐阜市)に移転しました。県庁移転後、跡地は小学校として使われましたが、明治24年に起こった濃尾地震で倒壊焼失してしまいました。現在跡地は空き地となっていて、史跡として記念碑などが建てられています。またかつて県庁があったことを記念して陣屋があった場所は「県町」と命名されています。
なお笠松町には「歴史未来館」という施設が作られていて、江戸時代から現代までの歴史や文化を伝える施設となっています。ここにも「県庁発祥の地笠松」のコーナーがあり。笠松陣屋の絵図などが展示されています。
笠松歴史未来館は、1階で笠松の歴史や名産品などが展示されていました。2階は未来志向の展示をしていて、地元の企業が携わる宇宙開発の展示や新年の企画展なども行われていました。
笠松歴史未来館は名鉄笠松駅から徒歩15分くらいで、入館料は無料です。
by haru_tsuji
| 2024-01-25 06:00
| 県外(中部)
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