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尾張二宮(大縣神社)と愛知第2位の古墳(青塚古墳)

 7世紀に朝廷により律令制が定められ、天皇中心の中央集権統治体制が成立しました。地方も国・郡・里が定められ中央政府から国司が派遣され、国衙(こくが:律令国に置かれた行政府)で政務を行いました。当時尾張国の国衙は稲沢付近にありました。国司は行政を行うだけでなく、祭祀など宗教行事とも深く関わりを持っていました。新しい国司が赴任すると、その国の神社を順番に参拝することになっていて、参拝の順番が決まっていました。一宮、二宮、三宮がその順番で、尾張国では一宮が真清田神社(一宮)、三宮が熱田神宮(名古屋)、そして二宮が今回紹介する大縣(おおあがた)神社(犬山)でした。

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<名鉄楽田駅にある看板>

 大縣神社はとても古い神社です。社伝によると「垂仁天皇27年」に本宮山(犬山)から現在の場所に移ったと伝えられています。大縣神社ではこの年を紀元前3年としていますが、日本最古の歴史書「古事記」が書かれたのが西暦712年で、大縣神社の起源はそれよりもずっと前の、文字が無かった時代なので正確な年代は不明ですが、とにかくとてつもない歴史を誇る神社であることは確かです。

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<大縣神社 鳥居>

 現在の社殿は尾張藩2代目藩主徳川光友が造営したものです。拝殿(前)、祭文殿(中)、本殿(後)を回廊でつないだ尾張造という独特の様式で本殿は国の重要文化財に指定されています。

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<大縣神社社殿>

 大縣神社は愛知県で2番目の規模を誇る「青塚古墳」も管理しています。この古墳は出土した土器や埴輪から古墳時代前期の4世紀中頃に造られたと推定されています。形状は前方後円墳で、長さ123m、高さは後円部が12mです。ちなみに愛知県最大の古墳は名古屋市熱田区の断夫山古墳です。

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<国指定史跡 青塚古墳 案内板>

 この古墳の埋葬者は不明ですが、古墳を管理する大縣神社では尾張開拓の祖と言われる大荒田命(おおあらたのみこと)の墓と伝承していて、現在でも毎年大縣神社による祭祀が行われているそうです。なお大縣神社は祭神として大縣大神(おおあがたのおおかみ)を祀っていますが、大縣大神と大荒田命は同一人物ではないかという説もあります。

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<青塚古墳>

 古墳一帯は青塚古墳史跡公園として整備されています。公園内には犬山市のガイダンス施設「まほらの館」が建てられていて、青塚古墳や犬山市の古墳から発掘された土器や埴輪などが展示されています。

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<青塚古墳で発掘された壺型埴輪(まほらの館)>
 
 大縣神社と青塚古墳は少し離れていて、名鉄小牧線の楽田駅をはさんだ東西2kmほどの場所にあります。

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by haru_tsuji | 2023-12-10 06:00 | 愛知県内(その他) | Comments(0)