2023年 10月 20日
愛知が生んだ5大ビールのひとつ/カブトビール
カブトビールは愛知が生んだ全国ブランドのビールです。かつては北海道のサッポロ、東京のエビス、横浜のキリン、大阪のアサヒと並ぶ5大ビールのひとつとして、中部地区ではトップシェアを誇っていました。

明治の頃、名古屋駅前には高さ10mを超える大きなカブトビールの広告塔が建てられ、名古屋駅のランドマークになっていました。スタジオジブリの作品「風立ちぬ」の一場面でも、当時の名古屋駅前のが様子が登場します。

<名古屋駅前の広告塔(写真左)と風立ちぬで描かれた名古屋駅前の様子(写真右)>
1887年(明治20)頃中埜酢店(なかのすみせ、ミツカンのルーツ)の4代目中埜又左衛門は、甥で後に敷島パンの創業者となる盛田善平にビール醸造の調査を命じました。横浜や東京などを調査した善平の報告を受け、又左衛門はビール会社の設立を決断。丸三麦酒製造所を設立し、1889年(明治22)丸三ビールを初出荷しました。1898年(明治31)には半田に新工場(現在の半田赤レンガ建物)を建設し、銘柄を加武登麦酒(カブトビール)に改めました。
1900年(明治33)パリ万博でカブトビールは金賞を受賞。1920年(大正9)頃まで出荷量は右肩上がりの拡大を続け、一時はシェア12%まで伸ばしました。しかし厳しい市場競争や戦時体制での国家の統制などにより、経営は悪化し1944年(昭和19)ついに半田工場を閉鎖。その歴史に幕を降ろしました。
カブトビールの工場は第二次世界大戦中は中島飛行機の衣糧倉庫となり、戦後は1948年(昭和23)に設立された日本食品化工のコーンスターチ製造工場として使用されました。1994年(平成6)工場は稼働停止し、建物の解体工事が始まりましたが、歴史的建造物を保存すべきという機運が市民の間で高まり、解体工事は中断。翌1996年(平成8)に半田市は買収契約を調印しました。この建物が半田赤レンガ建物で2004年(平成16)国の有形文化財に指定され、更に2014年(平成26)から耐震化工事が行われ、2015年(平成27)観光施設としてリニューアルオープンしました。
赤レンガ建物には、カブトビールの歴史を伝える常設展示場がある他、復刻されたカブトビールをビアホールやショップがあります。また企画展示室やクラブハウスがあり、施設の貸し出しや各種イベントなども行われています。
by haru_tsuji
| 2023-10-20 06:00
| 愛知県内(その他)
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