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史跡 小牧山(小牧山城)

 山頂に小牧山城が建つ小牧山は、標高86mの小高い山で、山頂へ登るための遊歩道が整備されています。山頂は市内が一望できる絶景ポイントになっていて、ふもとには「れきしるこまき」という歴史情報館などもあります。現在の小牧山城は昭和になってから建てられたものですが、山のあちこちに歴史的に価値の高い石垣や堀、土塁なども残されていて、1927年(昭和2)国指定の史跡に指定されています。

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<史跡:小牧山>

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 この城を最初に築いたのは織田信長でした。尾張を支配していた信長は、美濃の斎藤氏を攻めるため、1563年ここに城を築き清洲から移りました。小牧山城からは美濃方面が一望できるため、美濃攻めには絶好のロケーションでした。その後1567年(永禄6)に信長は美濃を手に入れ、稲葉山城(後の岐阜城)に住まいを移したため、小牧山城は使われなくなりました。

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<小牧山>

 小牧山城が再び歴史に登場するのは、1582年(天正12)「小牧・長久手の戦い」の時でした。本能寺の変の後、天下の覇権をかけて秀吉と家康が激突したのがこの戦いで、家康はこの城に本陣を置きました。家康は秀吉軍を破ったものの、秀吉が、家康と同盟を組む織田信雄(信長の次男)を攻撃し、これに耐えられなかった信雄が秀吉と和睦してしまったため、家康も秀吉と和睦せざるを得なくなり、秀吉は天下統一の第一歩を踏み出すことになりました。NHK大河ドラマ「どうする家康」では、現在このあたりの攻防が放送されています。 

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<れきしるこまき(小牧山城史跡情報館)>

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<小牧・長久手の戦い(れきしるこまき)>

 江戸時代になってから小牧山は尾張藩の領地となり、勝利開運の陣地跡としてして保護され、一般の入山は禁止されました。このため堀や土塁などの遺構は良好な状態で残されました。明治以後も尾張徳川家が所有していましたが、1927年(昭和2)に史跡に指定され、1930年(昭和5)に徳川家から小牧町(当時)に寄贈されました。

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<小牧・長久手の戦いの際作られた土塁と堀>

 現在の小牧山城は「小牧市歴史館」として、名古屋市在住の実業家平松茂氏が私財を投じて建設したもので、1968年(昭和43)に小牧市へ寄贈されました。開館以来小牧市の歴史民俗資料を展示してきましたが、本年4月に展示内容を一新し「小牧山歴史館」としてリニューアルオープンしています。

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<小牧山歴史館(小牧山城)と石垣>

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<小牧山からの眺望>



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by haru_tsuji | 2023-08-20 06:00 | 愛知県内(その他) | Comments(0)