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清洲城

 清州城は室町時代、尾張守護だった斯波氏によって建てられました。清洲城には守護所も造られ尾張国の中心地となりました。

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<清州城天守閣>

 戦国時代の下剋上の世の中となり、守護代だった清洲織田氏が台頭し実権を握り、清洲城を居城としました。織田信長はもともと清洲織田家の家臣(清洲三奉行のひとつ弾正忠家)の家柄でしたが、勢力を拡大し清洲織田氏を打ち破って、清洲城に入城しました。

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 清洲城は織田信長天下取りの原点で、桶狭間の戦いでは信長出陣の舞台となり、「清洲同盟」と呼ばれる信長・家康の軍事同盟もここで結ばれました。信長が本能寺の変で倒れた後は、勢力図を大きく塗り替え秀吉台頭のきっかけとなった「清洲会議」もこの城で行われました。江戸時代の1610年「清洲越し」と言われる名古屋への都市移転が行われるまで、清洲城は尾張国の中心地であり続けました。清洲越しの後、清洲城は取り壊され一部は名古屋所築城の際材料として使われたとも言われています。現在の清洲城は平成元年旧清洲町の町政100周年を記念して建てられたものです。創建当時の絵図が無いため、当時の姿を想像しながら設計されました。

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 清州城の内部は展示室になっていて、かつての清洲の様子や信長などの活躍を振り返るコーナーが作られています。また最上階からは清須の街並みが眺望できるようになっています。

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<清州城からの眺望>

 なお清洲城があった場所は、現在天守閣が建っている場所ではなく、清洲城の横を流れる五条川の対岸(上記写真で左右に流れる川の向こう側)にある清洲古城址公園で、清洲城跡顕彰碑2基と五条川護岸工事の際発見された石垣の一部が残っています。

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<清州城跡顕彰碑①:右大臣織田信長公古城跡>

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<清洲城跡顕彰碑②>

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<清州城石垣>



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by haru_tsuji | 2023-06-20 06:00 | 愛知県内(その他) | Comments(0)