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熱田魚問屋モニュメント

 熱田区の大瀬古公園付近には、かつて熱田魚市場がありました。この辺りは遠浅の海で、室町時代には熱田で魚の市が開かれており、織田信長が居城する清洲へ魚が運ばれたと言われています。江戸時代になると尾張藩の保護のもと、大瀬古と木之免に魚問屋が設けられ、問屋を経て魚が売買されるようになりました。名古屋城下で生の魚介類を売買するのは熱田だけで、熱田の魚市場は非常に繁栄しました。市は毎日朝夕2回開かれました。江戸時代に描かれた尾張名所図会には、熱田魚市場で活発に取引が行われ賑わう様子が描かれています。

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 明治になると問屋業が自由化され、名古屋でも各地に魚市場が開設されましたが、熱田魚市場は依然として主要な市場で、鉄道の開通や名古屋市街地の発展などにより、取引額は拡大を続けました。名古屋市は市民生活の安定化を図るため食品市場の公営化を計画しましたが、当初は既得権を持つ関係者の反対でなかなか実現されませんでした。公営市場が実現したのは、太平洋戦争時で、物資不足により配給制が強化され、魚市場も公営市場へと一本化されていきました。戦後中央卸売市場本場が開業(昭和24年)し、長い歴史を持つ熱田魚市場は姿を消しました。

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<かつての熱田魚問屋>


 熱田魚問屋モニュメントは、かつて建っていた魚問屋(上記写真左)の保存材料を活用し、ひさし(上記写真右)のイメージを再現したもので、当時の様子を今に伝えています。

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<熱田魚問屋モニュメント>

 なお近くの秋葉神社の前には「熱田魚市場跡」の標札、大瀬古公園には、「熱田魚市場跡」のブロックモニュメントが作られています。

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<熱田魚市場跡の標札>

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<大瀬古公園のモニュメント>


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by haru_tsuji | 2023-04-05 06:00 | 熱田区・昭和区 | Comments(0)