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平和公園にある赤穂浪士の墓

 赤穂浪士をご存じでしょうか?元禄15年12月14日江戸本所の吉良上野介邸に討ち入りし、主君浅野内匠頭のかたき討ちを遂げた47人の旧赤穂藩士のことです。赤穂は今の兵庫県で、赤穂浪士は事件後切腹して東京港区の泉岳寺に葬られているのですが、なぜか赤穂浪士の墓が名古屋の平和公園にもあるのです。

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<平和公園にある片岡源五右衛門の墓>

 名古屋にお墓がある赤穂浪士は片岡源五右衛門です。片岡源五右衛門は名古屋生まれで、尾張藩士熊井重次の長男として生まれましたが、生母が側室だったため嫡男にはなれず、親戚の赤穂藩士片岡六左衛門の養子となりました。赤穂藩では小姓頭として浅野内匠頭に仕え、同い年だったこともあり内匠頭の寵愛を受け、赤穂浪士の中では大石内蔵助に次ぐ家禄となりました。

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<片岡源五右衛門の墓がある乾徳寺墓域>

 討ち入り後源五右衛門も切腹し、他の赤穂浪士とともに泉岳寺に葬られましたが、源五右衛門の娘を熊井重次の弟・長左衛門が引き取ったことなどから、名古屋の乾徳寺にも源五右衛門の墓が建てられました。乾徳寺は名古屋の中区新栄にありますが、戦後の大規模な区画整理事業で市街地にあった多くの墓地が平和公園へ移転された際、片岡源五右衛門の墓も現在の場所に移されました。



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by haru_tsuji | 2022-12-10 06:00 | 千種区・名東区・守山区 | Comments(0)