2022年 03月 30日
山崎川の桜と今は無い二つの池
山崎川は、「日本さくらの名所100選」にも選ばれている桜の名所です。上流の石川橋から下流の新瑞橋までの2.8kmに600本ほどのソメイヨシノが植えられていて、四季の道と呼ばれる遊歩道も整備されています。今年は3月22日が開花日で、満開ももう間近です。例年ライトアップも行われますが、今年は残念ながら新型コロナウイルスの感染拡大のため、3年連続で中止となりました。
山崎川を散策しているといくつかの歴史パネルが目に留まります。まず川沿いの鼎小橋(かなえこばし)のすぐ北にあるのが下記パネルです。山崎川の桜並木が誕生するまでの経緯を説明していて、昭和3年石川耕地整理組合により川の両側に500本の桜を植えたのが山崎川の桜の始まりだと書かれています。
瑞穂公園の北陸上競技場付近には、下記歴史パネルも建てられています。このあたりの区画整理が行われる以前は、周辺に水田が広がっていて、今はない鼎池(かなえいけ)と新雨池(しんあまいけ)という2つのため池があったと書かれています。池の水は農業に使われていましたが、農地は次第に宅地化され、2つのため池も埋め立てられました。下記パネルの写真は昭和初期のもので、鼎池があったあたりには一時期ゴルフ場も作られましたが、戦後宅地になりました。新雨池も遅れて埋め立てられ、跡地は室内プールや北陸上競技場になったとのことです。
鼎小橋の近くには、下記のようなパネルも建てられています。描かれているのは江戸時代に書かれた「尾張名所図会」に出てくる鼎池です。今でこそこのあたりは桜の名所ですが、江戸時代には萩の名所だったと書かれていて、時代の流れを感じます。
※歴史パネルの設置場所は下記の通りです。
by haru_tsuji
| 2022-03-30 06:00
| 南区・天白区・瑞穂区
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