2022年 03月 20日
日本陸軍の重要基地だった名古屋城
明治維新の後第2次世界大戦終了まで、名古屋城は日本陸軍の重要基地でした。下記写真は名古屋城紹介パネルの一部ですが、かつて名古屋城の周辺は軍用基地で軍用機が上空を飛ぶこともあったことが書かれています。今回は名古屋城に今でも残る陸軍時代の遺構について紹介します。
1.乃木倉庫
名古屋城西側の御深井(おふけ)丸に「乃木倉庫」という施設があります。日露戦争で活躍した陸軍大将「乃木希典」が、明治維新後、陸軍所管の名古屋鎮台(日本に6か所あった陸軍部隊のひとつ)となった名古屋城に赴任した時に建てたと伝えられている倉庫で、弾薬庫として使われていました。
名古屋城は第2次世界大戦の空襲で天守閣などが消失してしまいましたが、本丸御殿の障壁画などの貴重な資料は、事前にこの倉庫へ避難していたため、被災を免れました。平成9年この倉庫も登録有形文化財に指定されています。
2,第3師団司令部煉瓦塀
名古屋鎮台は、明治21年には再編されて「第3師団」と名前を変えました。その後全国に200あまりの陸軍師団が作られましたが、第3師団はこの地域の中心的な存在で、ここから日清、日露、日中戦争などに多くの兵士が派兵されました。戦後第3師団は解体されましたが、名古屋城の二の丸交差点付近には、「第3師団司令部の煉瓦塀」が残っています。
なお、名古屋城の天守閣は当初陸軍の資材置き場になっていましたが、維持管理費がかさむため、明治26年宮内省に移管され「名古屋離宮」となりました。名古屋離宮時代の名残が名古屋城正門前の石碑に残されています。名古屋離宮は昭和5年名古屋市に下賜され国宝第1号にし指定されました。
by haru_tsuji
| 2022-03-20 06:00
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