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尾張国衙址とはだか祭り

 天下の奇祭 国府宮神社(正式には尾張大国霊神社)の「はだか祭り」が行われました。今年もコロナ禍ということで、2年連続で裸男によるもみあいは中止となりましたが、神事などは予定通り行われました。

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 この祭りの起源は古く、奈良時代の767年称徳天皇の勅命により全国の国分寺に悪疫退散の祈祷が行われた際、尾張国司が総社であるこの神社でも祈祷を行ったのが始まりで、この神事と裸での寒参りの風習が一緒になって江戸末期に現在の形になったと言われています。

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<国府宮神社の楼門:国の重要文化財>

 奈良時代以降大和朝廷による中央集権政治が行われました。当時尾張国にも国司といわれる大和朝廷の行政官が派遣されていました。国司が地方行政を行う役所を「国衙(こくが)」と言い、国衙が置かれた都市を「国府」と言いますが、奈良時代に尾張国の国衙が置かれていたのは、国府宮神社に隣接する松下地区あたりで、稲沢市の松下公民館横には「尾張国衙址」という石碑も建てられいます。

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<尾張国衙址>

 当時尾張の行政中心地(国府)は稲沢市あたりで、国府宮神社は国府に置かれた神社ということで尾張国の総社とされました。(総社とは尾張国すべての祭神を集めて一か所で祀っている神社という意味です。)

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<尾張総社 国府宮>


 当時の国の政治は宗教と深く結びついていて、疫病など全国的な病気の蔓延は神仏のたたりだとされ、大々的な加持祈祷が各地で行われました。国府宮神社のはだか祭りで行われている儺追(なおい)神事は、神男と呼ばれるひとりの儺負人に厄災を負わせ、それを土餅(どべい)と呼ばれる餅に移し、土に埋めることで厄落としをするという神事で、古代に行われていた厄払いの様子を現代に伝えています。

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<はだか祭りでは、祭りに先立って各町内で作ったか作った大きな鏡餅が奉納されます。>

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by haru_tsuji | 2022-02-15 06:00 | 愛知県内(その他) | Comments(0)