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あま市七宝焼アートヴィレッジ

 七宝焼は愛知が誇る経済産業省指定の伝統工芸品です。金属の素地にガラス質の釉薬を乗せて焼き上げる焼き物で、自由な絵柄やカラフルな色彩が特徴です。七宝とは仏教でいう七つの宝のことですが、この七つの宝にも負けないほど美しい焼き物ということから名付けられました。「あま市七宝焼アートヴィレッジ」は、あま市が運営する七宝焼展示施設です。今回は七宝焼の歴史とこの施設について紹介したいと思います。

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<あま市七宝焼アートヴィレッジ>

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 七宝焼は古代エジプトで始まり、ヨーロッパ、中国を経て日本に伝わったと言われています。主にお城や寺院の装飾建具として使われていましたが、当時の七宝焼は光沢に乏しく、技術の伝承も閉鎖的で一般に広まることはありませんでした。七宝焼きが産業として発展したのは江戸時代末期からでした。尾張藩士の梶常吉が独学でオランダ製七宝焼きの皿を解析し、13年かけてその製法を発見したのです。これが尾張七宝の始まりでしたが、普及は遠島村(あま市七宝町遠島)の林庄五郎に、製法を教えたのがきっかけでした。庄五郎は郷里の遠山村にその技術を持ち帰り、遠島村で七宝焼きを広めたのです。

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<梶常吉>

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<七宝焼の歴史:梶常吉や林庄五郎、塚本貝助らの作品も展示されています。>

 遠島村の七宝焼は評判となり全国にも広まりました。更に庄五郎の弟子 塚本貝助がドイツ人科学者ワグネルと協力して七宝釉薬の改良に取り組み、光沢のある透明釉薬を開発。今日のような鮮やかな七宝焼の製作が可能となりました。改良された七宝焼は万国博覧会に出品され、海外でも評判となり、多くの外国人が日本に買い付けやってくるようになったのです。遠島村は近隣の村と合併し、明治39年七宝村が誕生。七宝焼原産地と呼ばれるようになりました。

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 あま市七宝焼アートヴィレッジは、2004年にオープンしました。展示施設の「七宝焼ふれあい伝承館」と「ふれあい広場」で構成されていて、七宝焼ふれあい伝承館では、作品展示の他、七宝焼の製作体験教室や実際に七宝焼が仕上がっていく過程を見学することもできるようになっています。

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<七宝焼体験教室>

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<体験教室では、ブローチやペンダント、ネクタイピンなどが作れます。>

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<七宝焼の製造過程を見学することもできます。>

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by haru_tsuji | 2022-01-25 06:00 | 愛知県内(その他) | Comments(0)