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名古屋が生んだ偉大な学者 伊藤圭介とは?/伊藤圭介記念館(東山植物園)

今回は東山植物園の植物会館内にある「伊藤圭介記念室」を紹介します。伊藤圭介は名古屋生まれで、江戸時代から明治にかけて日本を代表する植物学者として活躍した人です。名古屋での功績が認められ、明治新政府からの要請で東京の小石川植物園に移り研究を行った他、東京大学の教授に就任し、日本初の理学博士の称号も受けました。

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植物学といっても今とはイメージがだいぶ違っていて、江戸時代は本草学という薬草などを扱う医学に近い存在でした。伊藤圭介も町医者の息子で、自身も尾張藩の医者として薬草の研究をしていました。転機になったのは、圭介24才の時。ドイツの医師で植物学者でもあるシーボルトとの出会いでした。参勤交代に同行し熱田を訪れていたシーボルトに兄とともに面会した圭介は、西洋の最先端学問に感動し、シーボルトが住む長崎の出島へ国内留学することを決意したのです。

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<熱田の宮の渡し公園にあるシーボルトと圭介の出会いを記した看板>

国内留学から戻った圭介は、「泰西本草名疏(たいせいほんぞうめいそ)」という本を刊行します。この本は、ツンベルクの「日本植物誌」という本を基にしていて、日本産植物の学名(ラテン語)と和名を併記し、リンネの植物分類法を日本に初めて紹介しました。

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東山植物園には、圭介の業績をたたえて「圭介の庭」が作られています。圭介の名前が学名になった植物や、圭介が日本で初めて取り入れた植物分類を実際の植物で再現したりしています。ここでは雄しべの数をもとに二十の「綱」に分類されて展示されていますが、「雄しべ」という用語も圭介が日本で初めて命名した言葉です。

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<圭介の庭:植物館のすぐ前にあります。>


Commented by ぱるな at 2022-03-09 18:41
先日東海テレビで銅像の番組を見て伊藤先生のことを初めて知りました。
おしべめしべ、花粉という言葉を作られたんだとか。

ところで銅像は鶴舞図書館にあるとのことでしたが、鶴舞と言えば本草閣という漢方薬屋さんが41号沿いにあります。関係あるんでしょうか。もしご存知でしたらまた記事にしていただければと存じます。

失礼しました。
Commented by haru_tsuji at 2022-03-10 08:31
> ぱるなさん
コメントありがとうございます。私の知る限り伊藤圭介との直接的な関係はないのではないかと思いますが、江戸時代から名古屋は本草学という漢方薬の研究が盛んだったので、そのあたりをもうすこし勉強してまとまったら記事にしたいなと思っています。
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by haru_tsuji | 2021-10-15 06:00 | 千種区・名東区・守山区 | Comments(2)