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日本のバイオリン王/鈴木政吉

名古屋にあった「鈴木バイオリン」という世界的なバイオリンメーカをご存知でしょうか?大正の頃、世界のバイオリン市場を独占していたドイツが第一次世界大戦で生産がストップすると、世界の注文が鈴木バイオリンに殺到し、毎日500本ものバイオリンを生産したそうです。従業員は1000人超。国内シェアは8割もありました。またストラディバリやガルネリなど世界レベルの名器に迫る高評価も得ていました。鈴木バイオリンの創業者が鈴木政吉で名古屋生まれ。父は尾張藩の下級武士でしたが貧しかったため、琴・三味線作りの内職をしていました。明治維新により家禄が無くなってしまったため内職を家業に鞍替えし、政吉も父の手助けをするようになります。

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<鈴木政吉の銅像:おおぶ文化交流の杜 allobu にて>


経済的に苦しかった政吉は高給が望める音楽教師になるため、愛知県尋常師範学校の音楽教師恒川鐐之助の門を叩きましたが、そこで同門仲間の甘利鉄吉が持っていた日本製バイオリンと出会い、バイオリン作りを思い立ちます。自作の作品が売れたのきっかけに、バイオリン作りに没頭するようになり、東門前町(現在の中区東桜)に工場を建設するまでになります。政吉の作ったバイオリンは、国内の優秀賞を次々に受賞、ついにはパリ万博で銅賞を獲得し、世界的なブランドとなりました。
 現在名古屋市科学館で「アインシュタイン展」が開かれていますが、アインシュタインが政吉に書いた手紙も展示されています。アインシュタインは音楽的な素養も高く、友人に作曲家で天才バイオリニストだったクライスラーがいました。手紙の中でアインシュタインは政吉のバイオリンを絶賛しており、いかに当時の鈴木バイオリンが世界的な評価をうけていたのか伺い知ることができます。

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<アインシュタイン展のポスター:協力「鈴木バイオリン製造」(赤線)の部分に注目!>


順調に発展してきた鈴木バイオリンでしたが、昭和になると世界恐慌による不況と流行変化によるバイオリン離れが起こり、売り上げが激減。不渡りを出して政吉は社長退任に追い込まれます。しかし退任後も亡くなるまで楽器研究に打ち込んだといいます。その後会社は長男梅雄が債務を返済し、昭和16年社長を継承しました。なお会社は昭和5年に個人経営から株式会社に変わり、社名も現在の「鈴木バイオリン製造(株)となっています。本社は永らく名古屋市にありましたが、本年1月に大府市に移転しました。

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<現在の鈴木バイオリン製造㈱本社:大府市桃山町>

なお「日本のヴァイオリン王」というタイトルで本も出版されており(井上さつき著・中央公論出版)、東海テレビでテレビドラマ化もされています。

※鈴木バイオリン製造HPのリンク先:鈴木政吉の生涯などが詳しく載っています。アインシュタインからの手紙についても触れられています。→ 鈴木政吉物語



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by haru_tsuji | 2021-05-25 06:00 | 東海・大府・豊明・東郷・日進 | Comments(0)