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有松絞 二人の功労者

先月有松絞り会館の裏手にある「きんさんざくら・ぎんさんざくら」の記事を書きましたが、桜の木の横に「有松絞開祖 竹田庄九郎之碑」「頌徳併 有松絞由来碑」「鈴木金蔵君紀功之碑」という3つの石碑が建っています。ここでは、この石碑に刻まれた有松絞の功労者二人について紹介してみたいと思います。


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1.竹田庄九郎

有松は江戸時代のはじめ尾張藩のお触書により、鳴海宿と池鯉鮒宿の間に住人を募って新しく作られた町ですが、竹田庄九郎はその時移住してきた住人の一人で、名古屋城築城の際、豊後(大分県)の人が着ていた絞りの着物に注目。その技法を究明し、当時生産が始まっていた三河木綿に絞染めを施した手ぬぐいをみやげものとして生産し売り出したのが、有松絞の始まりだとされています。


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2.鈴木金蔵

江戸時代、尾張藩が専売権を与え保護したこともあり、有松絞は全国的なブランドとなりましたが、明治になり専売制が撤廃されたため各地の安い製品と競合するようになりました。これにより有松絞も衰退してしまいましたが、ここで登場したのが中興の祖 鈴木金蔵でした。金蔵が考案した嵐絞りは、約4mの丸太に布をかけ、一人が丸太を回し、もう一人が糸をかけ、丸太のまま染めるという方法でした。明治後期には、斬新なデザインも評判となり嵐絞りの着物が大流行、有松絞も活気を取り戻しました。


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なおもう一つの石碑「頌徳併 有松絞由来碑」は、竹田庄九郎が絞の技法を考案した功績を称え、有松絞発祥の史跡を顕彰するための物です。


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by haru_tsuji | 2020-05-20 10:51 | 緑区 | Comments(0)