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緑区の鎌倉街道

以前このブログで豊明市(二村山)や南区の「鎌倉街道」について紹介しました。もちろん緑区についても紹介したいのですが、残念ながら緑区にはあまり遺構が残っていません。とはいえ鎌倉台中学の正門近くに「校名の由来」と書かれた石板があり、この内容が参考になるので紹介したいと思います。


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<以下鎌倉台中学の石板の内容(要約)>
平成5年に開校する際、校名を公募した。大清水や八ツ松などの案もあったが、学校近くを通る「鎌倉街道」に因んだ校名の応募が多く、学校が丘陵地帯にあることも考慮して、最終的に「鎌倉台」と決まった。
鎌倉街道は鎌倉時代に整備された道で、初めは「京・鎌倉往還」と言われていたが、道筋が変わったり、利用が減って消滅したりしたところも出てきたため、江戸時代以降に、道筋や沿道の遺跡調査が行われるようになった。
緑区の「京・鎌倉往還」は野並から古鳴海嫁ヶ茶屋を通って、寛永11年(1634年)新海五平次が築いた新海池の畔に出る。辺りは深い森に覆われ、大きな老松があって目印になっていた。さらに道は旭出浄蓮寺の裏、諏訪(神)社境内を通り、砂田橋あたりで扇川をわたる。八ツ松山からなだらかな坂道を上ると右手に本校の正門、更に果樹園を通り、坂道を下って愛知用水をわたると豊明に出る。濁池藤田学園(藤田医科大学病院)構内を通り、二村山の峠地蔵前にでる。十世紀初頭の「和名鈔」「延喜式」にはこの辺りの地名が出てくる。こうした歴史的に由緒ある古道に因んだ本校に栄光があることを祈る。



鎌倉台中学校の正門付近

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古鳴海八幡社の看板:鎌倉街道がここを通っていたと書かれている。

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新海池公園:池の西側に大塚古墳、赤塚古墳という小さい古墳があり、この付近を鎌倉街道が通っていたと推定されている。

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諏訪社の参道:鎌倉街道のなごりだと言われている。

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砂田橋:鎌倉街道もこのあたりで扇川を横切っていたらしい。

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左側が濁池、遠くに見える藤田医科大学病院へと続く道

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二村山の峠地蔵(豊明市)

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by haru_tsuji | 2019-03-15 13:19 | 緑区 | Comments(0)