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鳴海宿

今日のテーマは「鳴海宿」です。鳴海駅近くの旧東海道は普段私たちが何気なく通る生活道路ですが、江戸時代には江戸と京都を結ぶ主要幹線道路でした。昔は歩いて旅をしていたので街道沿いのあちこちに宿場町がありました。

愛知県内には9つの宿場町があったそうですが、鳴海宿もその中の一つです。実は鳴海宿には、一般客が泊まる旅籠が68もあって、熱田、岡崎に次ぐ県内では3番目に大きな宿場町だったそうです。また公家や幕府の役人、大名などが宿泊する本陣もありました。今は、「本陣跡」という看板しか残っていませんが、当時は間口39m、奥行51m、建坪235坪もある大きな建物だったそうです。

鳴海宿には、あまり昔のなごりをとどめるような建物が残っていませんが、緑生涯学習センター前に鳴海宿のことを説明する歴史パネルがあり、当時の浮世絵などが描かれています。また本町付近には昔の高札場が復元されています。高札の内容を見ると、隣の宿場である池鯉鮒や熱田の宿に荷物などを運ぶ場合にはいくらかかるか、などといったことが書かれていて、当時の往来の様子が偲ばれます。ちなみに本物の高札は、名古屋市博物館に保管されています。また鳴海宿の目印として東の平部と西の丹下に常夜灯が残っています。この間1.8kmが鳴海宿とされています。

残念ながら、鳴海宿は有松の町ほど昔ながらの街並みは残っていませんが、以前紹介した鳴海七寺など古いお寺が街道沿いに並んでいます。犬山が昔の街並みを復元して活気を取り戻したという話を聞きました。鳴海も同じような取り組みができないものでしょうか?



緑生涯学習センター前にある鳴海宿の歴史パネル

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鳴海宿は現在「史跡散策路」になっている。

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復元された高札場

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昔の街道の様子を偲ばせる飛脚と旅娘を描いた碑

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道路にはこのような絵も埋め込まれている。

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鳴海宿本陣跡の看板

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平部町の常夜灯(鳴海宿 東のはずれ)

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丹下町の常夜灯(鳴海宿 西のはずれ)

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by haru_tsuji | 2019-01-19 09:29 | 緑区 | Comments(0)