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古代の道「鎌倉街道」とそこを歩いた偉人たち (二村山)

鎌倉街道は京都と鎌倉を結ぶ古代の道で、徳川家康が東海道を整備するまで日本の主要幹線道路でした。源頼朝、在原業平、西行といった古代の偉人たちも、旅をする時は必ずこの道を利用しました。鎌倉街道は東海道の宿場町が整備されて以降衰退してしまい、今ではほとんど残っていませんが、豊明市の二村山(ふたむらやま)は、昔の景観や保存状態が良好に保たれており市の指定区域になっています。

二村山は標高71.7mで濃尾平野を一望できる景勝地でした。古来から有名な歌人たちがここを通り、歌枕として二村山をテーマにたくさんの歌を詠みました。山頂付近には源頼朝の歌碑や、北条泰時、西行などが詠んだ歌の紹介パネルがあり、古代の歴史ロマンを感じることができます。

なお二村山は緑地としても整備されていますので、散策などもお勧めです。山頂付近には豊明市指定有形文化財の峠地蔵尊があります。


二村山緑地案内図(駐車場付近)




山頂付近、源頼朝の歌碑:「よそに見しをさゝが上の白露をたもとにかくる二村の山」
1190年10月、天皇、上皇への謁見のため京都へ上洛する際に詠んだ歌。続古今和歌集に載っている。頼朝の歌は珍しい。




「江戸時代に書かれた二村山の絵図」と「二村山鎌倉街道の説明」



二村山で詠まれた短歌4首。左から 西行、参議(飛鳥井)雅経、平(北条)泰時、清原諸実。西行は僧侶で大河ドラマ「平清盛」にも出てきた有名な歌人。参議雅経は公家で頼朝に仕えた。二人とも小倉百人一首の歌人。北条泰時は鎌倉幕府の第2代執権。清原諸実はあまり有名ではないが朝廷の役人だったらしい。



頂上展望台から見た勅使池。古代の偉人たちもこういった景色をみていたのだろうか?




二村山鎌倉街道。左側に鎌倉街道を説明した石碑がある。坂を下っていくと藤田医科大学の立体駐車場付近に出る。




こうした道を古代の偉人たちが歩いていた。





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by haru_tsuji | 2018-12-21 06:06 | 東海・大府・豊明・東郷 | Comments(0)